初代ウルトラマンの仮面かぶっていたのはウルトラセブンの●●隊員だった!仰天エピソードも!

現在、公開中の映画『シン・ウルトラマン』
7月3日までの52日間で観客動員279万人、興行収入は40億円を突破するという大ヒットを
記録しています。
このシン・ウルトラマン、モデルとなっているのは、初代ウルトラマン。
M78星雲からやってきたウルトラ兄弟の中で一番最初に地球にやってきたウルトラマンです。
その初代ウルトラマンに変身するのは、科学特捜隊のハヤタ隊員。
俳優の黒部進さんがその役を演じていましたが、実際、怪獣と闘うウルトラマンを演じた人、
ウルトラマンの仮面とスーツの中に入っていた人って誰? スタントマン?
そのようなこと思ったことありませんか?
その辺はあまり気にしていなかったでしょうかね。
実は、初代ウルトラマンになっていた人は著名人でした。
誰なの? ちょっとビックリです。

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初代ウルトラマンの仮面かぶっていたのは
ウルトラセブンの●●隊員だった!

出典元:https://www.oricon.co.jp/

特撮ヒーローの仮面とスーツを着ている人のことを「スーツアクター」と呼んでいます。

ドラマの中でそのヒーローに変身する人が、スーツアクターまで演じることは
ほとんどありません。
しかし、例外もあり! 仮面ライダー1号に変身する本郷猛こと、藤岡弘、さんは、
スーツアクターまでこなしていました。
ライダーキックは、藤岡さん自身のアクションです。

では、初代ウルトラマンのスーツアクターは?
初代ウルトラマンの仮面とスーツに身を包み、怪獣と闘っていた人は、この人です。

なんと、『ウルトラセブン』ウルトラ警備隊のアマギ隊員です。

初代ウルトラマンは、1966年7月17日から1967年4月9日までTBS系列で放送。
ウルトラセブンは、その半年後の1967年10月1日から1968年9月8日まで放送されました。
そのウルトラセブンとともに宇宙の侵略者から地球を守る『ウルトラ警備隊』の一員だった
長身の隊員がアマギ隊員。
演じたのは、俳優の古谷敏 (ふるや びん)さんでした。

古谷さんは、
1965年、『ウルトラマン』の前作である『ウルトラQ』からスーツアクターを務めており、
ケムール人という悪者役の宇宙人の着ぐるみに入っていました。
この宇宙人の身長が181cmという設定だったことで 180cmの古谷さんにオファーがかかったそうです。
古谷さんは、この悪役の着ぐるみには抵抗感があったようですが、撮影まで時間がなかったということで渋々引き受けたとのこと。

そして、翌年1966年の『ウルトラマン』
再び、スーツアクターのオファーがあるも顔出ししない出演にあまり乗り気ではなかったようですが、ウルトラマンのデザインを担当する成田亨氏(青森県出身のデザイナー)から電話があり、想定している手足の長さや頭の小ささが「ビン(敏)さんじゃなくてはダメなんだ!」と懇願されて承諾することに。
東京の新宿にあるウェットスーツ店で採寸し、翌日には造形家・佐々木明氏のアトリエにて、石膏でマスクを型取りしたそうです。

初代ウルトラマンでは、一切、顔を出さないスーツアクターとして出演し、
そのあとのウルトラセブンでは、顔出しでウルトラ警備隊の隊員に。

古谷さん、初期のウルトラシリーズを支えた一人ですね。

仰天エピソードも!

出典元:https://ameblo.jp/bin-ultra/

こちらが古谷敏さんのプロフィールです。

【名前】    古谷 敏  (ふるや びん)  本名は、同字異読の (ふるや さとし)
【生年月日】  1943年7月5日
【出身地】   東京都港区西麻布
【身長】    180cm
【血液型】   AB型

特撮ヒーローものの番組に顔出ししない出演ということで、辛い思いも駆け巡ったそうですが
番組開始後には、たまたまバスで乗り合わせた子供たちが目を輝かせてウルトラマンの話を
している光景を見て「この子たちの目の輝きを作っているのは自分なんだ。」と。
古谷さんは、その後、全力でヒーローのスーツアクターに取り組んでいくようになります。

しかし、撮影中のエピソードとして、
こんな恐怖を感じたことがあるとか。

着ているスーツは、米国製ウェットスーツに手を加えたゴム製スーツ。
また、目を光らせるための大きな電池を内蔵した仮面は結構重く、
視界は、仮面の目の下に小さな穴を開けただけ。
着けているだけで重く暑いのに激しいアクションをしなければならない。
水中での格闘シーンでは、その目の下の穴の部分から仮面の中にどんどん水が入ってきて、
抜けないものだから息ができなくなり溺死状態になってしまったとか

さらには、昔はCGなどない時代。
当時は、本物の火も撮影に使っていて、熱風がスーツの隙間から入ってきたといいます
また当時は、スポーツドリンクもなかったことで、脱水を防ぐために水道水とレモン、塩を
用意していたそうです。
救急車を呼ばなかったのが奇跡と思えるくらい過酷な撮影だったようです。

そして、ウルトラマンの必殺技といえば「スペシウム光線」
この「スペシウム光線」もスーツアクター・古谷さんの体形から生まれたのだといいます。
監督やカメラマンらと一緒に「どうしようか」と話し合っていたところ、
古谷さんの長い手を利用しようということになり、あの十字型に
立てた手から光線を出そう!と。
このポーズであれば、光るカラータイマーが隠れることもない。
たしかに長い手の甲がきれいに反っての美しい十字型ですよね。

古谷さんは、このポーズを身体に覚えさせるべく、
撮影後、家やホテルに戻っても鏡の前で一日何百回も練習したそうです。

まとめ

いかがでしたか。

私は、このウルトラマンが放送されていたときは、小学生。
夢中になって観ていました。
もちろん、ウルトラセブンも観ていましたが、まさかアマギ隊員がウルトラマンになっていた人だったとは・・・
実は、古谷敏さんにはウルトラセブンのスーツアクターの話もあったようですが、
お断りしたそうです。

さて、『シン・ウルトラマン』
こちらでも最後の敵となる怪獣は、ゼットンですが、
映画の大ヒット御礼企画として、初代ウルトラマンの放送分のなかで、ゼットンの放送回
(第39話(最終回)「さらばウルトラマン」)を映画本編終了後に追加上映するそうです。
期間は、7月22日から8月4日です。

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